大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)185号 判決

原告

ミネソタ・マイニング・アンド・マニュファクチュアリング・コンパニー

代理人

小池恒明

被告

特許庁長官

佐々木学

指定代理人

板井俊雄

外三名

主文

原告が昭和三六年抗告審判第三〇一四号(昭和三四年特許願第二五九八号、発明の名称「貯蔵可能樹脂粉末」の拒絶査定に対する抗告審判)事件につき昭和四一年四月七日付でした分割特許出願(昭和四一年特許願第二一五〇七号、発明の名称「硬化した樹脂組成物の連続した均一な被覆を形成する方法」)につき、被告が昭和四一年七月二六日にした不受理処分を取り消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告が昭和三六年抗告審判第三〇一四号(昭和三四年特許願二五九八号、発明の名称「貯蔵可能樹脂粉末」の拒絶査定に対する抗告審判)事件につき昭和四一年四月七日付でした訂正および同日付でした分割特許出願(昭和四一年特許願第二一五〇七号、発明の名称「硬化した樹脂組成物の連続した均一な被覆を形成する方法」)につき、被告が昭和四一年四月二二日および同年七月二六日にそれぞれした不受理処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、〈以下略〉

理由

一、〈略〉

二、そこで、被告の右各処分(分割特許出願の不受理処分および原出願の訂正の不受理処分)が違法であるか否かについて判断する。

(一)  分割出願をいつまでしうるかについての明文の規定は、本件に適用のある旧特許法および旧特許法施行規則中にはなく、特許出願の分割について規定する同法第九条第一項においても、その時期を限定していない。したがつて、特に不合理な結果をもたらすような場合、例えば出願公告決定後に分割出願をした場合などは格別、原出願について査定または審決が確定するまで、すなわち、原出願について特許庁における審査、審判手続上の終局的処分がその手続では取消される可能性がなくなる時まで、分割出願をなしうると解するのが相当である。出願公告決定後に分割出願を許容するときは、旧特許法第九条第一項により分割出願は最初出願の時においてしたものと看做され、その効果が遡及するため、第三者に対して不測の不利益を蒙らせ、不当な結果を招来するから、かかる場合を除き、原出願の発明について特許すべきものでないとする審決の取消訴訟が東京高等裁判所に係属中であつても、原出願に対する特許庁の処分(審決)は未確定の状態にあるから、分割出願を許すべきものである。

被告は、旧特許法施行規則第一一条第二項を援用して、分割出願の時期は、審査、抗告審判の係属中に限る旨主張するが、同条は、特許庁に対する書類等の提出に関する一般的規定であり、分割出願は、原出願に包含された発明についてされる新たな出願なのであるから、同条をもつて分割出願の時期を限定することは、本末顛倒の議論というべく、かりに同条により分割出願の時期を定めるとするなら、再審の係属中にも分割出願をしうるという不合理な結果を免れないことになり、被告主張の理由なきことは明らかである。

なお、被告は、旧特許法施行規則第四四条を根拠として、分割出願に際して必ず原出願を訂正しなければならない旨主張するけれども、同条をもつて、しかく解さなければならないものでもない。出願の分割は、旧特許法第七条に規定された一発明一出願の原則に違背する出願の場合に、これにもとづく拒絶査定を免れさせる救済方法であるとともに、特許請求をしていなかつたが、発明の詳細な説明欄には開示してある発明について、新たに出願する便宜を与え、原出願と同時に出願したものとみなして出願時期を遡及させたものであり、旧特許法施行規則第四四条にいう「二以上ノ発明ヲ包含スル特許発明」とは、必ずしも原出願の特許請求の範囲の項に記載のあるものに限定すべきものではない。したがつて、出願の分割に際して原出願を訂正する必要のない場合もあるのであるから、同条は、出願分割の結果、原出願を訂正する必要がある場合には、分割出願と同時に原出願を訂正すべきことを定めたものに過ぎないと解すべきである。

ところで本件において、原告が分割特許出願の願書と同時に提出した原出願の訂正書は、「明細書第二頁第一七行『た。』を『たのである。』に訂正する。」というものである。この訂正は、ただ旧特許法施行規則第四四条の規定を形式的に遵守するためにのみされたものであつて、原出願の内容に何らの実質的変更を加えるものではないから、本件分割出願を許したとしても、被告主張のような、東京高等裁判所に係属中に分割出願を認めた場合に生ずるであろう不都合は全くない。かくして、右訂正書は、本来提出する必要のなかつたものであるから、これを不受理処分にしたからといつて、本件分割出願の願書をも不受理処分としなければならないものでもない。

以上のとおり、原告の分割出願に対して、被告のした願書の不受理処分は、旧特許法第九条第一項および旧特許法施行規則第一一条第二項、第四四条第一項の解釈を誤つた違法のものであるから、取消を免れない。

(二)  被告は、原告から分割出願と同時に提出された原出願の訂正書について、旧特許法施行規則第一一条第二項を適用し、審決送達後の差出であることを理由に、不受理処分をした。

旧特許法施行規則第一一条第二項本文「特許庁ニ書類、雛形又ハ見本ヲ差出シタル者ハ審査、審判、抗告審判又ハ再審ノ繋属中ニ限リ之ヲ訂正シ又ハ補充スルコトヲ得」における繋属中というのは出願について特許庁(審査官または審判官)が審理し得べき状態にある間と解すべきである。出願分割のためとはいえ、特許庁において審理し得べき状態にないのに、原出願の内容について訂正を許すことは意味のないことであるし、またこれを許して原出願の内容が当然に変更されると解するときは、原出願に対する審決がその意義を失うことになつて不当な結果を招くからである。したがつて、本件のように、抗告審判の審決に対する取消の訴が東京高等裁判所に係属しているような場合には、原出願を訂正することができないのであるから、本件訂正書について被告のした不受理処分は違法なものではない。

三、よつて、原告の本訴請求中、分割出願につき被告のした願書の不受理処分の取消を求める部分は、正当として認容すべきものであるが、原出願につき提出された訂正書の不受理処分の取消を求める部分は、失当として棄却する。(荒木秀一 宇井正一 元木伸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例